「房総の地から『ケガと弁当は手前もち』の悪習をなくそう」「建設労働者・職人・親方の経済的・社会的地位の向上をはかり、県内13万の未組織の仲間に責任の持てる組織建設」「保守王国、千葉県の建設業界の民主化」をかかげ、1972年6月25日、千葉土建一般労働組合は誕生しました。 1976年には県内ではじめて非災害性腰痛・現場での脳溢血発作の労災認定を、いずれも1年余りのねばり強いたたかいによってかちとるなど、職業病に悩む多くの仲間に勇気と展望を与えました。また、県や建設業協会・県内大手住宅企業に、「仕事確保・賃金引き上げ」の申し入れ行動を続け、県内ではじめて、「チョーチンデモ」を行い、大きな反響を呼びました。 1978年には、身近な地域に信頼を確立し、町場の仕事を守る運動として、「住宅デー」を開催。今日、25の市町村の後援をうけるまでになりました。 千葉土建では、仲間の仕事確保につながる自治体への「住宅相談窓口」開設の運動や「小規模工事」の登録制度。消費税阻止の運動や社会保障の改悪をやめさせ建設国保を守る運動に精力的にとりくんでいます。 40周年を控えた千葉土建は2万6千人を超え、県内最大の労働組合となりました。全建総連67万人・首都圏4土建25万人の力と合流し「建設国保」の優位性を維持しながら、賃金労働条件改善・諸要求獲得のたたかいを展開し、多くの成果をかちとっています。
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